自分を唯一神とする「自分教」の建国
どうも、低空飛行で人生の幸福度を最大化させるプロ、楽生きブロガーです。
今の世の中、なんだか「正解の押し売り」が激しすぎませんか?
「新NISAをやらない奴は老後詰む」「少子化なんだから子供を産むのが義務」「リスキリングして市場価値を上げろ」「SNSでキラキラしてない人生は負け」……。
うるせえっつの(笑)。
あのね、真面目に社会のルールという名の「他人軸」に合わせようとするから、みんな息苦しくて死にそうになるんです。少子化だの貯蓄問題だの、そんな「巨大すぎる他人の事情」を自分の背中に背負い込む必要なんて1ミリもありません。
今日、僕が提案するのは、究極のメンタル・プロテクション。
国家や社会のルールから精神的に独立し、自分を唯一神とする「自分教」の建国、および「自分教聖書」の編纂です。
この記事を読み終える頃、あなたは「日本国民」である前に、自分という国の「全能なる王」になれるはずです。
1. 「自分教」とは何か?:マインドの鎖を断ち切る儀式
「自分教」といっても、怪しい壺を売るわけじゃありません。
これは、「社会の常識」よりも「自分の快・不快」を上位に置くための思考プロトコルです。
私たちは幼い頃から「世間に迷惑をかけるな」「みんなと同じようにしろ」と教育されてきました。でも、その「世間」ってやつは、あなたが老後にお金がなくて困っても、震災で心が折れそうになっても、冷たいニュースを流すだけで助けてはくれません。
だったら、そんな無責任な「社会」に人生のハンドルを握らせておくのは、あまりにもリスキーだと思いませんか?
今日から、あなたの頭の中には「自分国」という独立国家が存在します。
法律はたった一つ。「自分が心地よいか、否か」。それだけです。
2. 「自分教聖書」の第1章:徹底した「快・不快」の明文化
さあ、あなたの国の憲法、つまり「自分教聖書」を書き始めましょう。
バズるブログ記事にするなら、これくらい振り切ったルールが必要です。
第1条:【寝転びの権】
「1日に最低3時間は、生産的なことを一切せず、ただ物理的に横たわらなければならない」
現代人は動きすぎです。何もしない時間は「サボり」ではなく、自分国の「神聖な儀式」です。スマホを見るのもいい。天井を見つめるのもいい。とにかく「直立二足歩行」という社会の義務から解放される時間を聖域として守りましょう。
第2条:【呪文の解釈】
「嫌いな奴、説教臭い上司、ネットの煽り文句は、すべて『異国の意味不明な呪文』として処理する」
誰かに何かを言われて傷つくのは、相手の言葉を「日本語」として理解してしまうからです。今日から嫌な奴の言葉は「アブラカダブラ〜(給料上げろ〜)」「ピロリロリン(私は寂しいんだよ〜)」という不思議な音として聞き流しましょう。意味を理解しようとするのは、不敬罪です。
第3条:【貯金の定義】
「貯金とは、将来の安心を買うものではなく、『いつでも嫌なことから逃げ出せるチケット』と見なす」
「老後2000万円」なんて数字に怯えるのは、それが「罰金」のように感じるからです。でも、それを「嫌な仕事をやめて、半年間ダラダラ過ごすためのチケット代」だと思えば、貯めるのが少し楽しくなりませんか?
3. 社会の「三大不安」を自分教はどう裁くか?
「自分教」の王であるあなたにとって、世間で騒がれているニュースは「遠い異国の小競り合い」に過ぎません。
● 少子化・結婚問題
自分教の聖書にはこう記しましょう。「個人の幸福に、子孫繁栄の義務は含まない。自分が笑っていることが最大の社会貢献である」。
国が子供を増やしたいのは、将来の納税者が欲しいからです。それは「国の都合」。あなたの人生は国の部品じゃありません。自分が一人の人間として、今日を楽しく生きている。それ以上の価値なんて、宇宙のどこにも存在しません。
● 戦争・災害の恐怖
これは「自分教」における「天災」です。王としてできることは、準備(備蓄)をササッとしたら、あとは「その時まで、全力で今を謳歌すること」のみ。
「明日終わるかもしれないから、今日我慢する」のは、論理的に破綻しています。明日終わるかもしれないからこそ、今日美味しいプリンを食べる。これが自分教の論理です。
● 老後不安
自分教では、80歳の自分も「未来の国民」です。今の自分が苦しみすぎて死んでしまったら、80歳の国民は存在すらできません。「未来の自分のために今を犠牲にするのではなく、今の自分が上機嫌でいることで、未来の自分に『楽しい人生の記憶』という資産を贈る」。これが正しい資産運用です。
4. 具体的実践:今日から「王」として振る舞う技術
「自分教」の聖書ができたら、次は実践です。
- 朝、起きたとき: 「今日も私の国が存続している。素晴らしい。王である私は、今日、何を食べて自分を喜ばせようか?」と自問自答してください。
- 仕事中: 「これは他国(会社)への出稼ぎである。適当に現地の言葉(ビジネスマナー)を話し、報酬(給料)を得て、自国の平和維持に充てる」と考えてください。
- SNSを見るとき: 「他国のパレード(自慢)が開催されているな。賑やかでよろしい。でも我が国は、この『静寂』という文化遺産を大切にしよう」とスルーしてください。
自分を「王」だと設定するだけで、他人の評価という「不法侵入者」を、玄関先で追い返せるようになります。
5. 自分教は「究極の利他主義」に繋がる
「そんなにワガママでいいのか?」と思うかもしれません。
でも、考えてみてください。自分自身が不安でイライラして、社会のルールに縛られて窒息しそうな人が、他人に優しくできるでしょうか?
無理です。自分が満たされていない人は、必ず他人の足を引っ張ります。
自分教を設立し、自分が王として、自分自身を徹底的にご機嫌に保つ。
そうして余裕ができた王様(あなた)は、隣の国の王様(友人や家族)が困っているときに、「よろしい、我が国の余ったお菓子を分け与えよう」と、自然に優しくなれるんです。
これを「ご機嫌の連鎖」と呼びます。
結論:世界を変えるより、自分の「聖書」を書き換えろ
世界は、あなたの思い通りにはなりません。
戦争も、不況も、増税も、あなたの許可なくやってきます。
でも、あなたの「心の解釈」だけは、100%あなたの統治下にあります。
社会が「絶望しろ」と言ってきても、あなたの聖書に「それはお祭りの合図である」と書いてあれば、それはお祭りなんです。
社会が「働け」と言ってきても、あなたの聖書に「昼寝は聖なる義務である」と書いてあれば、昼寝が正解なんです。
さあ、今すぐノートを開いて、あるいはスマホのメモ帳に、「自分教聖書 第1条」を書き込んでください。
あなたの「自分教聖書」には、どんなワガママなルールを書き込みますか?
「週に一度は高級アイスを食べる」「雨の日は仕事を頑張らない」……。
どんなに小さなことでも構いません。あなたがあなたの国の王様として、自分に許してあげたいルールを教えてください。
次の一歩として、今日寝る前に「今日は自分の国の王として、100点満点の統治ができた(=自分を喜ばせた)」と自分を褒めてあげてください。
それでは、国民の皆さん(自分自身)、おやすみなさい。あなたの国に、明日も光が差しますように。

